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立体

一軒目で先方が完全に酔っぱらってしまったからこれはもうヤレるなということでホテルを探したのだけど、秋葉原にホテルはない。だから金の蔵から御徒町・上野方面まで……手を組んでね、オタクどもに見せつけながら移動していったそうだ。でも意外に距離があるものだから(多分そんな理由だったと思う)、彼らは一旦そこらのHUBに入った。丁度WBCやってたから中が混んでたんですよ。だから外の席みたいなところに座らされて……寒かったですね。そこでディープキス。疲れたサラリーマンを尻目にディープキス。

 

そもそもの馴れ初めからオフパコをするために彼が名古屋から上京してここまで至るのを聞き出すのに一時間ほどかかっていたから、ここから先ホテルを見つけて童貞を捨てるまでにはどれだけ必要なのかとふと思った。「えぇえぇ、御徒町まで出ないとホテルは無いですからね」と調子いいつもりで相槌をうっていると彼は結局その後プリンセス一世というホテルに入っていったのだと言う。

 

「あそこ入ったんですか。あそこコスプレできるらしいんですよ。させましたか」

「いや金なかったから。おろせばあったんだけどなかったから。それに俺ラブホのシステム知らないし、テンパってたから休憩で入っちゃって」

「なんで休憩ですか。なんで休憩ですか!」

 

プリンセス一世は通学に使っている駅の真横に位置するホテルだったので、入ったことこそ無かったが「一世」のフォントが妙にルパン三世っぽいのもあって幼い日から意識はしていた。

 

彼と会うのも話すのも今日が初めてだったから、数時間前までは存在すら知らなかったことになる。そんな人間が童貞を捨てるというとても個人的出来事に至るまでの地理的移動が自分にとって急激に具体的なものになってきたので驚いた。帰宅してからもどうもそのことが気になっている。そこで、僕は彼が童貞を捨てたその37日に自分がどこで何をしていたのか、調べてみることにした。

 

手帳によるとその日の午前中は赤坂でバイトをしていた。そして15時半にはシフト交代なので、遅くとも17時には家に帰っていただろう。1819分には「たまの休日なのにマネキンにチンコ取り付けてる後輩が本当に可哀想だ。」というツイートを僕はしている。その時分、彼はまだ秋葉原駅で未だ見ぬオフパコ相手を待っているか、金の蔵でようやく対面したスピードワゴン小沢似だけど身体はメチャクチャエロい女を相手にどうにも盛り上がりきらない会話の火ぶたをようやく切って落としていた頃合いだろう。電気外口を出てすぐにあるあの金の蔵を出てからHUBまでの道のりは知らないが、おそらくそれからは中央通り沿いを歩いていったのだろう。そこをまっすぐ末広町の手前くらいまで来たところにあるカレー屋にはK先輩に連れていってもらったことがある。「いかにも神田カレーグランプリで優勝しそうな味」と悪態をついたのを覚えている。もう少し行けば一風堂上野広小路店だ。ここが開店してしばらくすると近くにあったもっと安くて不味い豚骨ラーメン屋は潰れてしまい悲しかった。松坂屋のそばまで来たら左折しなければならない。直進してしばらくするとドンキホーテ。ここには「おくむら」という名の店員が長いこと勤めていたが最近見ていない。彼は小さい身長にパンチパーマ、歪んだ眼鏡に悪い滑舌といったアクの強いヤツだったが、見かけるたびに嬉しくなる身近なヒーローだった。いきなりステーキ。ここに父と来たら「こんなデカいステーキ見たことない!」と歓声をあげられ恥ずかしい思いをした。交差点を渡ったらそこにはプリンセス一世がある。僕は以前、ここの前でインド人の男と日本人の男が喧嘩しているのを見たことがある。痴話喧嘩だったのだろう、日本人の男は泣きながら「インド人になにがわかるんだよ!」と叫んでいた。そんな模様を反対側の通りのちょっと離れたコンビニのあたりからニヤニヤ眺めていたのは、もう三年も前のことになるのだろうか。勿論その時分、そのおよそ二年後に鶯谷を散歩している最中「プリンセス二世」なる姉妹ホテルを発見することになろうとは考えてみもしなかった。

 

恐らく後輩は、その数時間後にプリンセス一世で童貞を捨てる他人がいるなどとは露知らずに、マネキンへチンコを取り付けていた。そんな後輩に思いをはせながら、僕は、家でただゴロゴロとしていたのだと思う。